神も仏もダメリカの奴隷

 
2016/06/06(月)  「国家」の重みを知った時 「国家」は無し
「神」も「国家」を超えられず
人間は国家なしには生きられない。
多国籍企業や宗教も国家によって厳重に制約されている。
地球上の全ての人間と企業の生殺与奪(せいさつよだつ)の権利を保持しているのは国家である。

あらゆる思想・哲学・学問の根底にあるのは『国家論』であり,全ての思念・思潮を規制しているのは国家である。
自然科学も,じつは,国家の範疇にある。

それほどまでに国家とは重いものであるのだが…,国家の重みを充分に知っている者は,ほとんどいない。

国家の本質・本性を知り抜いた希少な人物のひとりに,柄谷行人という思想家がいる。彼は 『世界史の構造』という大著で「国家を超える哲学」を構築しようとしたが…,超えられないでいる。

「人間は国家なしには生きられない!」という真実・真理を理解できる日本人は皆無に近い。

早い話,国家が発行するパスポート(旅券)がないと国家を出られないし,どの国にも入国できない。

他の国に入っても,ビザ(在留許可)の範囲内でしか滞在できない。これは絶対的に厳しい規約である。

日本人は,日本国内にいるかぎりは,パスポートもビザも不要であり,ソレを意識する必要もない。

しかし,日本国の崩壊と終焉(しゅうえん)が確実に予想できる今…,から逃れて海外移住を希望する者は,海外の国家から長期滞在の許可を得なくてはならない。

これがなかなか難しいのである。

はっきり言わせてもらえば…,自分の知恵と責任と行動力で海外の国家から長期滞在の許可を得られる者でないと,海外移住もカネばかりかかって失敗しやすい。

ワシは,いま,普通の日本人が長期ビザを取得する方法を同志たちと一緒になって研究中であるが…,その「成果発表」は,今月下旬の頃になる。

国家」というものの意味を人一倍考え続けてきたつもりのワシも,日本国の終焉を予感できた今…,国家という存在の絶対的な重さに押し潰される思いに駆られている。

こむずかしい文章になったが…,飯山一郎の現在の所感である。
飯山 一郎(70)


日本は国家だったのかというと
ダメリカ戦争屋の私物植民地で
行政はその管理会社日本支部だったわけで

「国家」という代物ではなかった。

そんなもんに監視されて
放し飼いの家畜がザコ庶民。

今じゃホを吸わされホを食わされ。

日本丸ごと
ペットさっ処分の保健所かよ?

日本保健所から
生き残って脱出できるのは・・・

まあ、少ないだろうけど
子どもを守るのが大人というもので。

動物は子供を守ることが本来の本能なので
日本人がそのことに気が付かないなら
動物以下の家畜。

ここに気が付かない家族もどきから
死んでくね。

でも、気が付いている家族の子どもは
社会(コミュニティー)が守る方向で
当然動きも出てくる。

海外の本当の国家の行政の力を借りて。

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