中国建国の父 孫文 降臨!


 2015/11/11(水)  日本の寄生虫:アメリカ戦争屋
習近平 馬に乗る
習・馬
台湾の馬英九総統(国民党)と中国の習近平国家主席が7日、シンガポールで会談.
『 世紀の会談 』
今世紀の世界の覇権構造を変える! という意味での『世紀の会談』である。二人はシンガポールで、『怪談』をした。

習近平: アメリカの亡霊ども(戦争屋)は大丈夫か?

馬英九: お化けどもは東京に居て、日本の血を吸い取る寄生虫です
      から、放っておけばE~のです。

習近平: 私との会談で、対中傾斜しすぎ!の反発が出て民進党が
      逆に票を伸ばすことはないか?

馬英九: はい。台湾と中国が対等同格の関係である! との声明の
      お陰で、国民党を支持する台湾世論は増えるでしょう。

習近平: また何かあったらホットラインで言ってきてくれれば…

馬英九: 請多々関照!

中台首脳が直接会談するのは、1949年の中台分断後で初めてのことだ。

今回の会談に至るまでには多くの紆余曲折があった。

昨年、馬英九は、台湾総統任期中に習近平との会談を熱望していた。
北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議中の会談を馬英九が提案したが、中国側が同意せずに実現しなかった。「対等の台中関係」 を馬英九が提案したからである。

今回は、来年1月の台湾総統選で与党国民党が大苦戦していることもあって、双方には中台関係改善を誇示することで選挙に影響を与える狙いがあることは間違いない。

そんなことより…、
今回の習近平/馬英九会談は、世界の覇権構造を大転換する! ほど衝撃的な政治事件なのだ。

今回の『中台の握手』(中台が平和関係を構築)は…、台湾が中国を敵国に想定し、米国との政治・経済・軍事を緊密に構造化してきた、その構造そのものに終焉を告げる「世紀の握手」だからだ。

台湾はアメリカに 「さようなら!」 を言った…。

台湾と中国の関係が「軍事対立から平和へ」と転換すれば、アメリカの軍事力、経済力、政治力は不要になる。
いや、すでに不要になってしまった。

8日。習・馬会談の翌日、中国政府は台湾のAIIB(アジアインフラ投資銀行)への加盟を承認した

すでに台湾は、中国が推進する『シルクロード経済ベルト建設』に積極的に投資していた。

こうして台湾は、中国の国是=「ひとつの中国」 の国家的潮流に乗ったのである。

中台の握手は、日本にも巨大なインパクトをもたらす。
台湾を失ったアメリカの軍事的衰退によって、尖閣と尖閣の海域は中国と台湾が協同で実効支配することになったからである。

さらにまた、アメリカは中国とはウラでは握手していて、たとえば(日本では報道されないが)米国海軍と中国海軍が本年4月、南シナ海で合同軍事演習を実施していた!という事実まである。 (記事)

「いかにも対立しているような米中国の茶番劇を報じる日本メディア。南沙諸島の開発は5年前から米国のリゾート開発企業の参加で拡大し、例えば専門的に見れば滑走路は軍事用ではなく旅客機用だね、灯台も観光船や漁船向けだ」 これは元軍事ジャーナリスト・黒田小百合氏の発言だが、さもありなん!である。

実際に台湾財界は、南沙諸島の観光開発には資本参加する準備を進めている。

さて…、結論を急ぐ。
中国と台湾が、いま、何故に「緊張関係を廃棄し、「緊密関係」を結ぶことになったのか? それは、こういうことである。

じつは、
台湾と中国は、経済的には、すでに 「一つの中国」なのである。

台湾の経済界、とくに工業生産の分野は、その巨大工場と工業設備の大半が中国本土にある。

つまり、工場生産の分野では、台湾の大規模な空洞化が完了しており、台湾の工業界、そして経済界は、「軸足」と「利き手」を大陸に置いている! と。

これを中国側から見ると…、台湾の「軸足」と「利き手」を監視下、管理下に置いた!

「生殺与奪の件』を、中国は握ったのである。

国際政治の表面的な潮流の深層には、経済と生産活動の人脈流が流れている。

いま、台湾実業界の大物たちの大半は、大陸にいる。台湾の人脈・金脈の主流は、台湾島には無く、現在は中国本土にある。

この人脈・金脈は、中国から見れば 「人質」でもある。

中国国内にある台湾の「軸足」と「利き手」と「人質」。 習近平の中国が鷹揚に「対等な中台関係」を受け入れた背景である。

習近平、馬に乗る』 これが本日の結論。
飯山 一郎

早朝、姫路城に、タイチー君が
何故かぎのごちゃんを拒否り、
一人で行く前に!

舞子の孫文記念館
外観だけでも見ていった方がいいと思い。

ぎのごちゃんが大好きなポイントです。
魔の明石大橋ができる前は
まじで絶景ポイントでした。

開館は10時 
到着時刻は9時前だったので、
中には入れないと思いきや!

職員のおっちゃんが
「鹿児島から?このまま帰れとは言われへんなー」と
入れてくれたのですーーー。

タイチー&ぎのごラブラブカップルに
孫文が降臨したのです!!!

ラッキーwww

そして、

特別展「百年を振り返る 孫文とシンガポール展
   10月31日(土)~11月29日(日)

でしたwww

移情閣は、
中山孫文が1913(大正2)年3月14日に来神した際に滞在した
中国人実業家呉錦堂の別荘です。

アジアと中国と日本が
このままじゃハザールユダヤに乗っ取られて
ズタボロにされるぞ、ヨーロッパみたいに!
てーへんだーーー!!!と
各界の政治家思想家たちが集まって、
言ったかどうかは知らないが
言ったと思う!!!w


ビデオ上映会とかもあって
ゆっくりしたかったのだが
姫路へ向かわないと行けなかったので
慌てて舞子を後にし

「ぎのごさん、またですーーー」と去った後
タイチー君が寝ていた部屋に
寝間着の残骸発見!

結局、タイチー君は
姫路城から舞い戻ってきて
明石焼きを食いに行ったのでした。

つづく

 

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