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ここで一句


お城も温泉浴場も“本物”だ!
城
金亀城こと松山城。天守閣は江戸末期に再建され今に至る。

本館
道後温泉本館は“温泉共同浴場”だが、建物全部が国の重要文化財だ。
松山。鷲は真っ先に道後温泉に行った。
温まる、温まる!免疫力がヒートショックし、風呂テイン!(イミフメ)

大勢の観光客が入浴していて、銭湯浴場は戦闘的な混みあい!

明治中期に建てられた温泉共同浴場の隅々までを、眺め、凝視し、熟視しながら…、鷲は、古き良き時代の日本を夢中で想起した。

道後温泉本館は、どこもかしこも誠に重厚な造りの共同浴場である。建物の全体が、隅から隅まで重要文化財。とくに浴場内の石の彫刻は芸術の域に達している。

明治のほうが何倍も豊かだった!いまの日本は、なんとも薄っぺらな構造物ばかりだ!と。これは確信である。

しかし、明治時代を生きた夏目漱石は、松山に濃密に息づいていた江戸由来の日本文化の素晴らしさに全く気づかず、温泉の湯だけを褒めて、あとは松山をことごとくボロカス。

夏目漱石は大学卒業後も、「米が稲の種だと知らなかった」と正岡子規が証言しているが、自国の文化については無関心・無感動・無意識だったのである。

その正岡子規も、俳句以外は西洋カブレ。晩年は西洋の栄養学を頭から信じ…、肺結核を治すためには栄養補給しかない!と、ブタも顔負けの暴飲暴食の結果、死んでいった。

これ、まさに福沢諭吉の『脱亜入欧』という思想の悪しき結論である。

欧米に何としても追いつけ!と、鹿鳴館時代のニッポンは「近代化」しか考えなかったが…、そのため古き良き江戸の文化を片っ端から抹殺してしまった。

その江戸由来の文化が濃厚に残っているのが、松山城天守閣である。この建築文化の高さは…、木工と土工と石工を調和させた建築文化は、今でも世界一だろう。

鷲は、松山城の天守閣に登楼した瞬間から、息を呑みっぱなし。目は開きっぱなし。とくに木工と木組みの巧みさ!その複雑極まる構造を理解するのに鷲の脳ミソはオーバーヒート寸前だった。

「この街で死のう!」 松山城から遥か下界の街並みを眺めながら…、鷲は、ふと思った。

松山は、巨大な工場群までが芸術的なプラントで、街並みと商店街の美しさも芸術的で、散策しながらお店をみては感動のしっぱなし。

種田山頭火は松山で死んだ。

  ほろほろほろびゆくわたくしの秋  山頭火

鷲は、大好きな「日本」が今だに残る松山で…、
「ほろほろほろびゆくニッポンの秋」を見ながら、死にたい。
飯山 一郎



 種田 山頭火


  自嘲
        うしろすがたのしぐれてゆくか


       どうしようもないわたしが歩いてゐる

       捨てきれない荷物のおもさまへうしろ






ついてくる犬よおまへも宿なしか
 
ほろほろほろびゆくわたくしの秋
 
朝まゐりはわたくし一人の銀杏ちりしく



死ぬまでに一度は行きたい『道後温泉』





ぎのごちゃんも

俳句を書こうと思ったけど

読み直すと

あまりにどぎついので

やめておく(爆w)

なかのひとがぁ~
いやぁ~ん
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