FC2ブログ

社民・辻元議員が離党届

社民・辻元議員が離党届、無所属で活動
7月27日19時22分配信 TBS


 「本日、私は社会民主党に離党届を提出いたしました」(辻元清美前国交副大臣)

 辻元氏が離党表明の場に選んだのは、地元・大阪。その思いを文書にまとめ読み上げました。

 「私は今日まで、社民党で政策実現を果たしたい、果たすためにはどのようにすればよいか考え続けて行動してまいりました。それは小さな政党にとって決して容易なことではありません。いつも現実を1ミリでも前に動かそうと苦悩を抱えながら、毎日試行錯誤してきました。これからは、無所属議員として活動を始めます。大海原に丸太で乗り出すことかもしれません。しかし、精一杯前に進みたい」(辻元清美前国交副大臣)

 新たな道を歩き始めることを決めた辻元氏。しかし、その表情は終始、硬いものでした。

 1996年、当時の社民党党首、土井たか子氏により、いわゆる「一本釣り」される形で政界デビューを果たした辻元氏。歯に衣着せぬ物言いが“辻元節”として注目されました。

 「総理いかがですか?総理!総理!総理!」(2001年5月衆議院予算委員会での質問)

 「あなたは疑惑のデパートと言われているけど、“疑惑の総合商社”ですよ」(2002年3月鈴木宗男議員への証人喚問)

 しかし、2002年には秘書給与流用事件が発覚し、議員辞職。その後、警視庁に逮捕され、有罪判決を受けることとなりました。国政復帰は2005年。去年の政権交代を受け、辻元氏は国土交通副大臣に就任し、ついに政府の一翼を担う立場となったのですが、今年5月、社民党は沖縄県の普天間基地移設問題で政府案に反対し、連立政権を離脱。これに伴い、国土交通副大臣を辞任しました。

 「辞めるのは寂しいしつらいです。泣いたらあかん」(辻元清美国交副大臣〔今年5月〕)

 “副大臣”という政府の役職を道半ばで離れることに涙をにじませた辻元氏。政権内にとどまることで、自分にできることがあるという無念の涙だったのでしょうか。

 「(社民党と)私自身の政治の立ち位置とか、それから自分の選挙基盤と少しずれてしまったというところがあるとこは否めません」(辻元清美前国交副大臣)

 党と考え方がずれてしまった辻元氏。しかし、連立離脱の原因となった普天間問題については、「沖縄の基地問題については、いささかも考えは変わっておりませんし、沖縄の皆さんの本当に厳しい声を引き続き政権にもしっかりと厳しく届けていきたい」と答えました。

 27日の会見で辻元氏は、「政権内にいることの重要性」を強調しながらも、普天間問題については民主党政権の方針とは異なるという矛盾も見せました。

 ある社民党幹部は、辻元氏の今回の離党は、「選挙」を意識したものだと指摘します。
 「『このままでは選挙区では戦えないと。社民党だけでは戦えないので、党の看板を外して選挙協力を得やすいようにして、何としても勝ちたい』と言っていた」(ある社民党幹部)

 この幹部に対し、辻元氏は次の総選挙の時期について「来年の4月ではないか」とも、もらしていたといいます。

 社民党・福島党首は・・・。
 「野党ではなかなか(活躍できない)というのも理解できなくはないのですが、ただ、無所属になればなおさら政策実現は難しいのではないのでしょか。でも、私がきょうひと言言えるとすれば、今まで普天間基地、平和や様々なテーマでずっと仲間として一緒にやってきたので離党表明については本当に残念です」(社民党・福島みずほ党首)

 かつての上司、前原大臣は早速、辻元氏にラブコールを送りました。
 「素晴らしい政治家でございますので、無所属にもしなられたら、まずは一緒の会派で共に仕事をさせていただきたい」(前原誠司国交相)
(27日17:52)

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn/20100727/20100727-00000041-jnn-pol.html



>「あなたは疑惑のデパートと言われているけど、“疑惑の総合商社”ですよ」

お前は何をどう調べてこんな発言になりくさってん。
素人でも冤罪やとわかる案件やぞ。
釈明してから物言え、ボケッ!!!


阪神大震災では被災地でピースボートがテントを張り、
大荷物とダンボールを道端に雑然と並べ、
車椅子が通れませんでした。

その騒ぎっぷりは、まるで学際の出店。
みんな引いていました。
なかのひとがぁ~
いやぁ~ん
無料アクセス解析
フリーエリア
なか